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日光・東照宮

豪華な東照宮の中でもひときわ壮麗な陽明門

東京から日帰りで行けて、歴史的な建造物があり、風光明媚な場所、そう思ったときに浮かんだのが日光の東照宮だった。日光山内には、日光山輪王寺、二荒山神社、そして日光東照宮をあわせた二社一寺を指している。1999年に、日光山内は世界遺産に登録、日本国内で10番目の登録となった。江戸時代の工芸および建築の粋を集めた寺社を楽しんだ。浅草から東武日光線の特急に乗れば、日光まで2時間15分ほどでついた。もっとも出発が遅かったので、すでに12時を少し回っていた。時は2001年11月22日。紅葉の喧騒もひとしきり終わり、日光もずいぶんと閑散とした時期だった。

(上)豪華、壮麗、精緻を尽くした陽明門を見上げる。ため息が出るほど贅沢な装飾。

(左)門の反対側にあった『石柵の飛び越えの獅子』像。後ろの石柵と一緒に、大きな石から掘り出した石像。

日光東照宮
『日光を見るまで結構というな』という言葉があり、東照宮の爛漫たる建築を洒落ているらしい。実際に来て見ると意外と東照宮の境内そのものは小さい。横200メートル、奥行き300メートルないと思われる小さな領域に、壮麗な建物が凝縮しているのである。建物の装飾も竜、牡丹、唐文様など、贅を尽くしたという言葉しか思い浮かばないほど施されている。入ってすぐの陽明門は、『日暮らしの門』とも知られており、一つ一つ精緻な彫刻を眺めていると日が暮れてしまうことからつけられた名前だ。

眠り猫のある回廊の下を通った。名匠、左甚五郎の手になる有名な彫り物である。冬の午後の回廊は暗く、よく見えないし、写真にも取れない。正直、これだけだと何が良いのかさっぱりわからない。説明を読んで、やっとわかった。その裏側には雀が遊ぶ姿が彫られている。猫は爪も見せずにのんびり寝ている。雀も安心して遊んでいる。そういう平和な時代を表しているという話だった。

徳川家康の神柩を収めた奥社へと、石段を登った。207段あるという石段は、全て一本石を使ったものだという。こういうのが本当の贅沢というのだろうか?昔は将軍の参拝以外、誰も入れなかった。拝殿・本殿に入る。こちらも昔は建物には入れるのは大名だけ。更に徳川御三家しか本尊のある部屋には入れなかった。今なら(拝観料さえ払えば)誰でも入る。九十九畳あるという大きな部屋に入り、5分ほど拝観できる。

最後に、鳴き竜のある薬師堂を見た。天井に大きな竜の絵が描かれており、その頭の下で拍子木を鳴らすと、竜の鳴き声が聞こえる。実際に住職さんが出てきて鳴らしてくれる。

大体2時間ぐらいで全部を見れた。豪華絢爛な門や建築物が立ち並んだ境内だが、不思議と心が落ち着く。境内の中も、周りも古い杉が立ち並んでいて荘厳さを付け足しているからだろう。これを見ていたら、アメリカのレッドウッド(赤杉)の森を思い出した。あれも何か神々とした感じがある。もう一つ感じたこと、『眠り猫』や『見ざる・言わざる・聞かざる』、そして徳川家康の遺言、全てが平和への意思表示である。徳川家康は、よほど戦国時代はもうこりごりと思っていたのだろう。

日光二荒山神社
東照宮のすぐ横にある二荒山神社は、日光の名前の由来でもある。『二荒(ふたら)』を訓読みして、『にこう』、さらに『日光』となったらしい。790年に創建され、ご神体は男大山を祭っているといい、東照宮より歴史は古い。

輪王寺大猷院(だいゆういん)
前に外人らしき二人組みが歩いていた。僕も彼らも輪王寺大猷院に向かっていたのだが、時間は4時を回っており、門はすでに閉じられていた。すると門からひとり、これまた外人がでてきた。『How was it?』と中を見損ねた二人が聞くと、『Oh! I've never seen so many beautiful stuff packed in one place!』とうれしいような、残念がるようなことを言っていた。確かに彼のいうとおり、日光の美しさは格別に思う。

で、結局は入れなかった輪王寺大猷院だが、後日に入ることが出来た。


帰りがけに通った日光山輪王寺の庭園。午後遅くの弱い光で何とか写真が取れた。

東照宮へ向かう表参道脇の紅葉におみくじを結び付けていた。

日光の歴史
日本統一を果たし、江戸幕府をひらいた徳川家康は1616年に生涯を閉じた。『日光山に小さな堂を建てて勧請し、神として祀ること。そして八州の珍種となろう』という遺言を残した。日本の平和と繁栄を見守ろうとしたのであろう。1636年、第三代将軍徳川家光が当時の工業技術の粋を集めて日光東照宮を改修し、今にいたっている。

食事
東武日光駅の目の前にある料理屋で、湯葉・そば定食を食べた。覚えている限りでは始めて湯葉を食べた。それも刺身にして食べたのだが、結構おいしい。あっさりで、酢醤油とよくあった。ところで、湯葉といえば京都。どうして日光の名産になったのか?特に聞いたわけではないけど、東照宮建立のときに京都からたくさん建築士を呼んだのではないだろうか?そのとき一緒に湯葉作りも日光にやってきて、今に残っているかも知れない。帰りには同じ料理屋で、湯葉卵丼を食べた。本当はカツ丼が食べたかったのだが、あいにく豚カツが切れてしまったので、その代わりだった。正直言って今ひとつ。卵閉じの中に湯葉が入ってはいるだが、感触がない。そりゃそうだ、湯葉はとても柔らかい。ということで、単なる卵丼にしか感じなかった。

 

 

日光・中禅寺湖など
秋も終わった初冬の12月19日に、もう一度日光へ向かった。今回は車で、日光の回りも見て回ろうという計画だった。


冬の中禅寺湖は寒くて、誰もいない。雪がちらつき、遠くの山がかすんで見えた。

 


華厳の滝が落ちる。その岩壁の周りにから水が流れ出し、小さな滝を作っていた。全部で12あると言う。

いろは坂
日光から中禅寺湖へ行く途中、急カーブが続く。誰が数えたか、48のカーブがあり、カーブごとに「いろはにほへと・・・」と名づけられたので『いろは坂』。紅葉の名所と知られていて、秋には車の流れが途絶えない。上り坂の途中に『明智平』がある。眺望のよさで有名な場所で、今ではドライブインで食事や買い物なども出来る。ここからロープウェイで展望台まで上がると、華厳の滝、中禅寺湖、男体山など日光の絶景全てを見渡すことが出来る(らしい)。朝早く着いたら、まだ閉まっていたので、その風景は想像するしかない。

中禅寺湖
男体山の噴火によって川が堰き止めれて出来た湖で、だいたい東西6.5km、南北1.8kmの大きさがある。新緑や紅葉などの四季折々に美しさがあるという。初冬の12月は葉も全て落ち、雪化粧をした山が周りを囲っていた。中禅寺湖の奥の山々は煙でよくみえない。おそらく雪が降っているのだろう。こういう風景もまたきれいだった。

中禅寺湖の絶景が見られるという茶ノ木平。ロープウェイで上がれるが、12月から3月まで運転休止ということで、こちらも今回はあきらめて景色は想像で我慢することにした。

華厳の滝
高さ97mの華厳の滝は日本3大名瀑のひとつ。中善寺湖から流れ出る水が岸壁から一気に滝として落下する。これを見るにはエレベーター(500円ぐらい)で滝壷まで下りなければならない。高さ100mを一気におりるが、値段もちょっと高い。

霧降の滝
歴史に彩られた日光市から車で30分もかからないところに霧降高原がある。豊かな自然が残され、5月のつつじ、6月のニッコウキスゲの花で有名らしい。今回は(有料道路を通るのも馬鹿らしいので)手前の霧降の滝を見た。駐車場から340mほど歩くと、展望台に出る。冬なので木々の葉が落ちていて、滝が良く見えた。流れ落ちる水が途中で岩にあたり、そこから更に幾重にも流れ落ち、優美な滝である。が、展望台がなにぶん遠すぎる。滝壷まで歩いてゆけるらしいが、冬のためか封鎖されていた。残念。

日光大猷院
日光の2寺1社の中で、一番奥に位置する大猷院。東照宮を作った徳川第3代将軍・家光を祭る寺院である。東照宮に較べると建物は小さいが、意匠が凝らされた華麗な装飾では負けていない。入ってすぐの仁王門をくぐると、急斜面が両側にせまり、秘境という趣すら漂わせている。西側の斜面にある二天門をくぐり抜け、長い階段を上がると夜叉門の前に出た。12月も真ん中となると観光客はほとんどいない。回りは深い杉の森に囲まれていて、落ち着いた雰囲気がある。そこから更に唐門を抜けると、拝殿に入れる。拝殿の中は撮影禁止だったので、写真で見せられないのが残念。小さいながらも豪華かつ荘厳な部屋であった。

大猷院の華麗な門の数々。

(左奥)夜叉門

(左)唐門の近影

(下)夜叉門前系


観音堂(香車堂)将棋の駒の香車は戻らずに直進するだけ。ここから安産の祈願が始まったそうです。

史跡探勝路 
大猷院〜滝尾神社〜東照宮 大猷院入り口のすぐ脇から入る史跡探勝路を歩いた。鬱蒼と茂る杉の森の中に石畳の小道を行くと、途中、役小角を祀る行者堂、弘法大師が創建した滝尾神社や稲荷神社、将棋のこまの香車を祀った観音堂(香車堂)などがある。そのほかには、神泉(酒の泉とも言われ、日本酒の製造者から信仰を今でも集めている)、安産祈願の石など、日本古来の信仰の姿を多数見ることが出来る。その他、小さいながらも白糸の滝も見ることが出来る。

日光杉並木街道
江戸の昔、20年をかけて日光街道にそって杉を植林して、日光へ向かう旅人を楽しませた。現在でも街道沿いに37km続いていて、世界一長い杉並木としてギネスブックでも紹介されている。樹齢は古いもので370年余り、高さ30〜40m、幹周り7m以上、全部で1万3000本の杉がある。帰りは、今市市から例幣使街道(国道352号線)を通ったが、杉並木の中をぎりぎり対面2車線の道路が、全部で10km以上に渡って続いていた。これには、ちょっと感動してしまった。が、大気汚染が心配になった。実際、毎年100本近く枯れているらしく、保護対策も考えられているということだった。


便利リンク・情報など

東照宮と大猷院
日光を代表する二つの寺院。どちらも素晴らしい場所だった。大猷院は西斜面に立てられ、東を向いていた。午前中、あるいは朝日を浴びる大猷院は素晴らしい、はず。東照宮は西を向いているので、夕方の光を浴びて光り輝く。もし一日日光を見る予定で、良い写真をとりたい場合は、午前中に大猷院、午後は東照宮という順番が良いと思う。

伝説:明智平
明智といえば、あの戦国期の織田信長の武将だった明智光秀を誰もが思い出す。本能寺で信長を裏切ったが、その後に豊臣秀吉に討たれて死んだとされている。しかし光秀は生きていた、という伝説がある。その後、光秀は徳川家光に仕え、日光東照宮の創建を提案し、自ら建設に携わったという。そして日光でも絶景のこの場所を明智平と名づけたと言う。

日本3大名瀑
那智の滝、袋田の滝、華厳の滝の3つ。

日光の3大名瀑
日光には40以上の滝があるといわれるが、その中でもひときわ大きく荘厳なのが、華厳の滝、霧降の滝、そして裏見の滝の3つ。

日光観光協会オフィシャルページ(http://www.nikko-jp.org/)
日光に関する様々な情報がふんだんにあり、とても便利。ただメニューからほしい情報を探すのが難しく、自分はGoogleから直接探したほうが早いかもしれない。

 

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