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衣笠など・第四日目

竜安寺の方丈庭園は枯山水庭園。
第四日目
十一月二十九日
午後から雨が降るという予報のため、今日は比較的近場を手早く見て回ることにした。予定は衣笠。金閣や竜安寺の有名なお寺があるので有名。京都にも慣れてきたので、バスの一日券での移動を中心とした。午前中は、きれいな晴れ空が広がっていた。

三層からなる金閣は、上に層に純金の箔が張ってあり、てっぺんには鳳凰を戴いている。

一層目が寝殿造りで法水院、二層目が武家作りで潮音洞(ちょうおんどう)、そして三層目が中国風の禅宗仏殿造りで究竟頂(くつきょうちょう)と呼ばれ、北山文化を代表する建築物。

鹿苑寺(金閣)
『金閣寺ではありません』と看板のある鹿苑寺は、金閣で有名である。寺に入ると、まず目に入るのがその金閣だった。午前中の光を浴びて、金色が光り輝いている姿は、豪華絢爛。金閣の前面に広がっている鏡湖池も、精緻を凝らしていて、かつ豪胆な素晴らしい庭園。西にある衣笠山を借景にして、極楽浄土をこの世に現したということ。この日は風もなく、池面は(名前どおり)鏡のように金閣を映していた。素晴らしい景色だった。

天皇が2つ並び立って覇を競うという日本史未曾有の南北朝の動乱に終止符を打って日本を再統一した足利義満将軍。強大な権力を誇示するために金閣を作った訳だが、義満の死後は朽ち果てる一方だったという。周りの建物も全て失われ、唯一のこった金閣も金箔は剥げ落ちて、金閣とは名ばかりの状態にあった。それに追い討ちをかけるように、1950年(昭和25年)の戦後間もないころ、一人の寺僧が金閣に放火、とうとう焼失してしまった。それから5年後に復元され、更に1987年(昭和62年)に金箔を張替え、義満の見た金閣が復活した。

鹿苑寺の境内は広い。鏡湖池のほかにもうひとつ安民沢という池や、義満公遺愛の盆栽を移した帆掛けの形に仕立てたという陸舟の松、竜門瀑など見所も多いはずだが、金閣の印象が強くてあまり覚えていない。日本人にとって、金閣のような派手なお寺は好みではないのだが、実際に見ると素晴らしいという言葉しか出なかった。(つまり『さすがだねぇ』と思ってしまったわけだ。)


鏡湖地に写る金閣寺

(左)つくばいをお金に見立て、4つの漢字をあしらっている。(右)帰りに通った紅葉のトンネル。美しさに通る人全員が、足を止めて写真を撮っていた。

竜安寺
鹿苑寺からバスで5分に竜安寺がある。僕でも知ってる枯山水の石庭が有名なお寺。エリザベス女王が絶賛したという方丈庭園は、奥行き10メートル、幅30メートルと意外と小さい。そこに真っ白な小石を敷き詰め、15個の岩と苔を少し置くだけ。庭園の横にある縁側には、ずらりと拝観客が座って、この難解な庭を眺めていた。一説には、お金がなくなったので簡単な枯山水の庭がはやったという話を聞いた。もうひとつは聞いた話は、本来ならば人里はなれた自然の中にある禅寺が、京の都の中に建立され始めた。厳しい戒律の禅寺では、豪華な池泉回遊式庭園ではなく、簡素な枯山水庭園が多くなったという説である。

この竜安寺には、方丈庭園以外にも見所はたくさんある。手入れの行き届いた小さな庭には、徳川光圀の寄進と言われるつくばいがある。なかなかのしゃれっ気で、禅の境地を表している。小さい庭で有名な竜安寺だが、実は境内は大変に広い。お寺に入るとまず目に入るのが、鏡容池と呼ばれる大きな池。難解な石庭の後に見ると、心が和む感じがする。

京都御所
このあたりから雲行きが怪しくなってきたので、京都市内へと移動した。まずはバスで京都御所へ。縦450メートル、横250メートルの大きな敷地のかなりの部分が一般公開されている。というより、街の公園といった風情で、のんびりとお散歩をしているお年寄りや、先を急ぐ自転車が走っていた。壁で囲われいて入れない京都御所と仙洞御所は事前申し込みをしておけば見れる。中の庭園は素晴らしいと言う話を聞いているので、いつかは見てみたいものだ。ふと見ると、いかにも俗な建物に、土産屋とうどん屋が一緒になっている。もしかしてと思って食べてみると、このうどんがおいしかった。しかも値段も安い。さすが京都御所と、変なところで感心してしまった。
廬山寺
京都御所のすぐ横に廬山寺がある。紫式部が『源氏物語』を執筆したという屋敷に作られたお寺で、中には紫式部ゆかりの品や、当時の生活をしのばせる物品がおいてあった。それと、こちらも枯山水の庭があった。個人的には今回見た中で一番好きな庭で、30分ほど眺めていた。この庭を眺めながら、世界で最初の小説を書いたのか、などと思ったりしていた。意外なほど人気が少なく、今回の旅行でのんびりと出来た数少ないお寺。

平安朝の庭園の『感』を表現したという庭園。

東寺の五重塔。

京都市内散歩
次は、御池通と河原町通の交差点までバスで移動し、本能寺へと行った。あの『本能寺の変』が起きた舞台が京都の真ん中にあったのか!と思ったら、秀吉によって今の場所へ移らされたとのこと。当時は、周りを塀で囲った城のようなお寺だったらしい。今は入り口は京都一番の繁華街、新京極通りに面していて、由緒あるお寺という雰囲気はなかった。修学旅行生徒相手に信長ミュージアムがあるのが珍しいぐらいか。見損ねたが信長の廟もここにあるという。もし信長が後10年生きていたら、と思うこと然り。

新京極通りを少し歩いた後、ひとつ横の裏寺町通りに入った。数百メートルの小さな裏地に10のお寺が連なっている。こんな通りが、人手でにぎわう新京極通りと河原町通りにはさまれているのが不思議だ。

いよいよ雨が降ってきたので、屋根のある京都駅へと向かった。歴史の街に作った、『超』近代的建築物が京都駅。そういえば『ガメラ3』で見たことがあるのを思い出した。実物もかなり大きい。そこに大きなクリスマスツリーがあり、季節感を出していた。

とうとう暗くなった。ライトアップしていると聞いて、東寺へと向かうことにした。世界遺産にも登録されている密教のお寺だ。駅で一駅なので、歩いちゃえ、と20分ほど行くと、なるほど五重塔が見えてきた。威風堂々、大きな塔だ。しかし、入り口は全部閉まっていた。確かにライトアップされてはいたが、入れない。しばらく回りを歩くと、いい具合に歩道橋があった。早速あがって、上から五重塔を写真に収めることが出来た。しかし、歩道橋というのは下を通るトラックで微妙に振動している。長時間露出するとぶれてしまうので鮮明に取れないことがわかった。

夜の高台寺とねねの道
宿の人から、高台寺のライトアップはいいですよ、と言われた。今晩はその高台寺へと向かうことにした。が、入り口では『一脚・三脚の使用禁止』とあった。これでは夜景は取れない。一応理由を尋ねると、人の流れが悪くなるからだそうである。細い道が多いそうで、入れない人が寺の外まで並んでしまうそうである。それでこないだも警察から注意されたことがあるということ。仕方がない。三脚なしで写真を撮っては見たが、やはり良くは取れなかった。しかし、この高台寺のライトアップは素晴らしい。幽玄というか、ロマンチックというか。恋人と一緒に来るのが一番。多少紅葉は散り気味だったが、桃山時代を代表するといわれる名庭園が十二分に補っている。また、ライトアップされた竹薮や、ほとんど前衛芸術のように枯山水もライトアップされ、幻想的な世界であった。

高台寺は秀吉の正室、北の政所が秀吉の供養のために立てたお寺。その前の道を足しげく通ったのではと思われる。そこで近年、これを『ねねの道』と称することにして、石畳を整備した。一昨日も、清水寺から始まり、三年坂、二年坂、八坂の塔、高台寺、円山公園、知恩寺と歩いた道だが、夜にはまた違った印象となる。人通りも少ない石畳が、微妙にライトに照らされる姿は味がある。うまい具合に、雨でしっとりぬれて、更に良い。

 
 
 

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